私事ですが、2/22手術致のため、2/21には病院におり、1本の電話が鳴りました。その電話は近隣の方からのものでした。主人に変わってほしいという事で電話をかわり、「明日伺います」というようなニュアンスの会話がなされました。猫の事、、、のようで、、その時点で何か感じる物は有ったのですが、、。
翌日手術は午後からだったため、主人にメールで聞いた所、主点と違うレスが。
ここでますます死んでしまったのか、、、という疑惑が深まりました、再度尋ねたところ、すぐ近くの防火水槽で亡くなっていた…とのことです。
自慢の長く太い尻尾、きれいな少しフサフサした毛並み、全て解らず、頭は沈み、毛は抜け落ち、識別不能状態だったようですが、脱走時につけていた、ヘアゴムが首にあり、それで解ったそうです。
ブチはとても臆病で外で他の猫の声、車の音がすると家の中でも怯えて隠れていました。隠れる所は様々でしたが、洗濯機の中、湯船の中も良く隠れていました。我が家では、そのため、洗濯機はいつも空の状態で開けておき、コンセントも抜いてあります。中に洗濯物が入っている場合は、蓋を閉めてありました。その場合もコンセントは常に抜いてありました。また、風呂場は、ドアを開けていても閉めていても、湯船は空にしてありました。
居なくなった夜、白と黒の猫が現れ、その数分後に同じ場所にブチは一旦姿を現しました。
翌日は大雨で、家のドアはずっと開けてありました…。
推測ですが、もう少し遊ぼうと思い、遊びに行った所、白黒に出会い、怖くて洗濯機同様に隠れる為に飛び込んだのが、防火水槽だったのではないか…と推測します。
翌日は大雨、翌々日も確か雨だった記憶が有ります。遊んでいて自分より高い位置の水槽に雨の日以降に落ちる、、、とは考え難いと思います。その過程だとすると、なくなったのは居なくなった直後。
4ヶ月間、探しても探しても1つも目撃が無いのは当然でした。寒がりのブチは、大寒波の日も大雪の日も冷たい、汚い防火水槽の中で誰にも発見されずに居たのかと思うと悔やまれてなりませんし、何度も溺れた様を想像しましたが…あの時ああすでば、こうしておけば、、と「たられば」を考えれば切りが有りません。しかし最後に発見され家に戻る事ができて良かったと思います。
私の手術はかなり難解でした、何度も検査がおこなわれ、難病持ちだっため2つの大学病院、1つの市立病院のいろいろな絡みでやっと手術になりました。手術にこぎつけはしましたが、最悪の結果は死亡、次に悪い結果で下肢の切断。それがなくても合併症、感染症などの確率も高く、何も無いとしても、金属アレルギーがあったためアレルギーショック、それもクリアした場合でも、骨髄移植など沢山のハードルが有りました。
しかし、手術はそれら何も無く大成功に終わりました。医師団も大成功にやや興奮気味の様子でした。
きっとブチが応援してくれたお陰なんだ、、と思っています。
もうひとつ、手術前に亡くなった母の供養の為、京都へ行きました、その際に何でも1つだけお願いごとを叶えてくださるというお地蔵様がいらっしゃる、鈴虫寺に行きました。その際、お願いしたのは、手術の事ではなく、ブチが帰ってきますように、、、というお願いです。お願いするのは1つで、お願い際に住所氏名を一緒に唱えます、するとお地蔵様がやって来て、お願いを叶えてくださる…ということでした。お願いがかなったら、お礼にお寺にお参りしにゆき、その際のお守りをお返しするのだそうです。 そう、お願いはかないました。 だって帰って来たんですから。
もし死んでいたとしても、知らない所で行き倒れや、もしくは溝に追いやられて…というのは絶対に嫌だ、、、
その時は絶対に亡がらを家に持ち帰りたい、、、そう思っていましたので、お願いは叶ったのです。
元気になったら、、、、鈴虫寺にお礼に行かなくてはなりません…残念だけど、家に帰って来れたのですから。
家に帰って来たブチは、大好きだった黒いに兄ちゃん、ミンのお墓の横に埋められました。
まだきれいなお墓では有りませんが、、、退院したらちゃんとお葬式して、暖かくなったらきれいなお花を植えて、黒い兄ちゃん、その隣の黒猫ミンの兄弟バラックのお墓とともにきれいにしてあげよう、、、
今は虹の国で黒い兄ちゃんに沢山舐めてもらって甘えて、黒い兄ちゃんの兄弟バラックとは「初めまして。。」と言いながら二人の兄ちゃんに甘えている事と思います。皆様本当に本当にお世話になりました。
知らない方からも気になっているというお電話も頂きました。
いつも探しながら散歩していると言ってくださる方もいらっしゃいました。会ったこともないブチの為に、、ありがとう。感謝でいっぱいです。 |